幸田露伴 |
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幻談
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釣りの文学、幸田露伴 |
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幸田露伴。 幸田露伴という人は、徳川時代から続く学問の伝承者でした。 露伴は慶応3年(1867)、表お坊主を職とする幕臣の家に生まれました。表お坊主とは、江戸城内の表座敷で大名の世話役を務める役職で、有職故実、礼儀作法、遊芸全般に通じている家柄で、露伴はそんな家風の中で教育を受けて育ったのです。。 武家のみならず朝廷の儀式、作法、衣服などの定めや慣習などに詳しい人で、博識な人でした。 また学問だけでなく様々な遊びにも通じていたようで、当時のセレブ階級であり、江戸の粋を理解していた人でもあります。 酒を愛し、猟銃、乗馬、カメラなど、その頃の男の遊びを一通り手を染めていたようです。 と言っても、お金持ちのぼんぼんだった訳ではありません。家はもともと裕福でしたが、明治になって武士の家柄がなくなり、露伴の父親は大蔵省の下級役人になりました。露伴が二歳の時です。役人といっても以前と比べたら収入はうんと減り、生活は苦しくなる一方で、露伴少年もだいぶ苦労したようです。 |
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十九の頃には電信技師として北海道に赴任しますが、数年の後、北海道を飛び出し青森に渡り、そこから東京まで酷い苦労をしながら徒歩で帰ります。既に心の中では作家として身を立てる志があったのでしょう。 結婚して子を授かったた後、奥さんは早死に。長女も幼いうちに亡くなり、後妻とは反りが合わず別居。絶える事なく不幸に襲われるような可哀想な人生です。 もっとも、明治のころの日本人は多かれ少なかれ皆、似たような境遇だったかも知れません。現代日本に生まれたことを感謝。 生活の苦労とは裏腹に、作家としての業績は素晴らしく、日本文壇に名を残す大作家となります。 代々受け継がれたお武家としての教養や、殿様たちの遊興の心得が文学の上で開花しています。 釣りには相当熱をいれたが、仕事を放り出してまでするというようなものではなかった。住まいの近くの隅田川のに通い釣りをしていたようです。 「夜の隅田川」という作品などは、釣り人や漁師の船でにぎわう隅田川の様子が描かれおもしろく読めます。 江戸の町は人口が増え発達するにつれて海が埋め立てられ、そこに新しい町が作られ大きくなっていったのです。物資を運び易くするためでしょう、人口の運河(掘り割)なども縦横に引かれて船が行き来しておりました。 そこに江戸前(東京湾)の魚が上ってくるので、江戸の町は釣り人天国でした。手軽にできるハゼ釣りなどは人気で、町人もお武家様も花街の芸者さんや旦那衆も江戸の町で釣りを楽しんだのです。 そんな古き良き時代の風情は、露伴が生きた明治にも受け継がれ、彼はたくさんの釣りに関する作品を残しています。ここでは、露伴の釣り文学の一項を紹介したいと思います。 『幻談』 このお話の主人公は、お武家さんです。身分は高くないが教養があり、肝も座ったいい男といったタイプです。仕事が良くできて人柄も良かったけれど、それゆえにまわりから妬まれ出世街道からはずされたような人物として描かれています。さりとて暮らし向きには困らず、仕事も暇なので釣りを楽しみにしておりました。 このお話の中には江戸時代の釣りの方法がいくつか紹介されていますが、主人公のお武家さんがたしなんでいるのは鯛、それもクロダイ釣りであります。クロダイの事を当時はケイズと呼び、キスやボラなどの魚名も見られ、昔の釣り方が説明されているところが興味深いです。ケイズは川に入って江戸の町の奥の方の橋の上からも釣れたそうです。 このお武家さんは、船に乗り海に出て竿釣りでケイズを釣っております。ある時、日暮れ間近になっても釣れなくてもう引き上げようかという頃になりました。しかし馴染みの船頭はなんとか釣らせてあげようと、あちこち船を移動させたが結局釣れずじまいでした。 暗くなった海を岸に向けて船が進んで行くと、一本の棒のような物が海から突き出し漂っているのが見えました。船頭が「あれは釣竿です」と言いました。船を近寄せて見ると確かにそれは釣竿、しかもかなり作りの良い立派なものでした。 お武家さんは始め興味を示さなかったのですが、船頭は立派な釣竿だとしつこく言います。そして船を近付け竿を握りますと、水中に竿を握った人影が見えました。つまりは水死体がしっかりと竿を握ったまま波に流されていたのです。 当時は溺れて死ぬ者も珍しくなかったのか、海の男の船頭さん。恐れることもなく「旦那、これは立派な作りの竿ですよ」と握った竿をぐいと引き寄せると、水面下の人物も船に引き寄せられます。 お武家さんは、よしなさい。死人のものを奪ううものではない、と最初は興味を示しませんでした。しかし、自分の方に近づいてきた竿を見るとそれはそうと素晴らしいものでありました。 竿を握って見ると今度はそれが欲しくなり、ぐいと引き上げると一所に水死体も海面近くに上がってきました。 お武家さんは、死体の指を力ずくで折ると竿を奪ってしまいました。 翌日馴染みの船頭が着て夕べの釣竿を見て、改めてそのできの良さをほめ、今日もまた江戸前の海に釣りに出掛けましょうと誘いました。お武家さんも暇なので海に出ることにしました。(うらやましい話だ) 前の日とうって変わり、魚が次々と釣れます。あまりに釣れ続けるのでいつの間にか日暮れ時になりました。もう止そうということで、岸に向けて舟をこぐと、急に当たりが暗くなりました。 船頭が昨日竿を拾った辺りをふと見ますと、全く同じような竹の竿が海中より突き出て漂ってきます。お武家さんもそれに気づきます。 二人とも度胸にはそれなりに自信がありますが、さすがに怖くなり、手元の竿を確認します。 「竿はここにあるじゃありませんか」と船頭は言いましたが、お武家さんは、竿を海に投げ入れ 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と念仏を唱えたそうです。 これが「玄談」と言う話のあらすじです。作品の中には江戸時代の様々な釣りの方法が描かれ、魚なども上品な魚、上品な釣り方などが記されています。 このお武家さんは、教養があり趣味も高いので万事に用意が整った「殿様の釣り」を楽しんでいるのです。水死体の指を折り竿を奪う辺りは怖いものがあります。船頭も死体から竿を奪うことを勧めていたぐらいですから、当時は今より人の死体を見る事に馴れていたのでしょうか。 江戸の昔のちょっとした怖い話です。 |
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